このブログを終えてから半年。
アクセスが非常に多いこともあり、ずっと残していました。
剱岳に登ったら登山を止めよう、と心に決めていましたが、やはり山が恋しくなり、1ヶ月も経たないうちに、足は山に向かっていました。
WordPress.comさんにはお世話になりましたが、容量がだいぶ詰まってきたし、いろいろな機能の追加で、私の古いパソコンでは荷が重くなってきたので、シンプルなBloggerに場所を移し、また始めることにしました。

このブログを終えてから半年。
アクセスが非常に多いこともあり、ずっと残していました。
剱岳に登ったら登山を止めよう、と心に決めていましたが、やはり山が恋しくなり、1ヶ月も経たないうちに、足は山に向かっていました。
WordPress.comさんにはお世話になりましたが、容量がだいぶ詰まってきたし、いろいろな機能の追加で、私の古いパソコンでは荷が重くなってきたので、シンプルなBloggerに場所を移し、また始めることにしました。

8月20と21日、剱岳早月尾根を往復しました。以前から予告しているように、このブログは剱岳登頂で最終回となります。長い間、ありがとうございました。
いろいろ思いは交錯しますが、剱岳はカッコ良すぎますよね。他に比較する対象がないので、ここを登ったら、もう登山はいいや、と思ってしまいました。
これまでたくさんの、「いろんな山」を登らせていただきました。厳寒の中、暴風ふきすさぶ乗鞍岳へ登ったり、残雪の中、雪渓でルートをロストしたり、道迷いしたり、いろんな危機にも遭遇しながら、なんとか今まで命があったことを、先ずは山の神様に感謝しなければなりませんね。
山は神様や仏様の居られる場所です。こんなところに、汚れた人間が登っても良いものだろうか?いつも疑問に思いつつ、山行を重ねてきました。
しかし、山に登ることで、”神仏の居られる場所”というのが、理屈抜きで感じられました。感じた以上、さらに山行を重ねる必要があるのでしょうか?

20日の朝、5時に出発。到着は12時30分でした。7時間30分、ほとんど休憩なしで歩き続けました。標高差2200mを登りつめることが出来ました!

トウヤクリンドウというやつかな?

以前ここまで日帰りした。

天気が急に悪くなってきた。

トリカブト。

この後、大粒の雨が降り出し、早月小屋に到着したのは16時ごろになってしまった。

翌朝、4時30分起床。

大日岳の下には、まだかなり雪渓が残る。
—————- 追記 —————–
山頂の祠の前に立った時、唖然としました。実に様々なものが置かれているのです。お札や杖、挙げ句の果てはおにぎりやお酒まで。また、登山者の忘れ物なのか、大きなカラビナまで。山頂はごみ捨て場ではないのです。自分のものは自分で持ち帰りましょう。落し物なら、山小屋にでも届ければよいのです。
神様は何もめしあがられません。せめて腐るものは下界に持ち帰りましょう。貴重な環境を破壊することになります!
そして、このブログでずっと考え続けてきた”登山系SNS”の問題の答えが、この祠の前に立った時、はっきりわかりました。”人間は自己顕示欲の強い生き物だ”と。そして私もその一員だったのだ、と。
たくさんのお札、そして標識が積み上がっています。標識など、本当は無くても良いのです。祠や三角点があれば、そこが山頂に決まっています。なぜこんなにたくさんの標識があるのでしょうか?
神様にお札を奉納するのはよいことでしょう。しかしこういう環境では、それは下界から持ち込まれた異物に他なりません。これらが自然環境にさらされて分解される時、当然環境に負荷をかけることになります。
