なんのために登山をしているのか?SNSで「拍手」を得たいためか?

アメリカでは予想外の展開が起こった。みんな「誰が大統領になろうと、同じだ」と言っているうちに、専制君主みたいな大統領が誕生してしまった。

トランプ氏は別にSNSを使って運動をしていたわけではない。そんな知的なツールは彼には似合わない。各地に足を運び、テレビで演説し、どうやったかは知らないがたくさんの人を集め、演説を繰り返してとうとう大統領にまでなったのである。

しかし注目を集めるやり方は、ネット上で「炎上」と言われる手法と同じだ。過激な発言、目立つ行動で人々の注目を浴び、アクセス数を集める。彼の場合は、「ネット人格」ではなく「実際の人格」でそれをやった。アメリカの人々は、ぶっちゃけそういうところに魅力を感じたのかな、と思っている。つまり「無意味な拍手」という現象が、アメリカの大統領選挙にまで現れていると言えるのではないか?。ほとんどの人は、直接政治になんか関心がないのかもしれない。ただ、暴れている人が何かやってくれることを期待していたに過ぎない、と私は思う。なんとなく、停滞したアメリカ経済、格差社会をぶち壊してくれそうな人に投票したのだ。

登山系SNSで起こっていることにも、よく似ている。危険な山行、過激な行動で「拍手」を得る、某登山サイトにいる一部のアウトローハイカー達の行動にそっくりではないか。

登山系SNSでは記事の捏造も行われたりしているらしい。捏造までして拍手を得て、いったいなんのために登山をしているのだろうか?。良識を疑うレベルをはるかに超えている。だれか知らない人がその山行記録を真似するかもしれないのに。

SNSで「拍手」を得たくて登山するなら、そんなのは登山じゃない。単なる名誉欲だ。人々の賞賛を得たいという欲求だけだ。

どうも今の社会では「派手なパフォーマンス」を振る人に注目が行き過ぎる。「パフォーマンス」はその人のほんとうの人格ではない。飾り付けられ、大きく見せられた「張り子の虎」だ。

そういう人たちが一番恐れるのは「本当の自分」に気づかされること。なぜなら気が付いた途端に、今までの行動の「恥ずかしさ」を知るからだ。

しかし中には「恥ずかしい」とも「間違っている」とも思わず、そのままありもしない自我を拡大させていく人がいる。周りの人間達は、ただ面白がるだけで、注意するどころか、むしろその肥大した自我を賞賛しさえする。

その結果がどんなものか。言わずと知れたことである。


”インターネット TVメディアなどを 活かすも 活かさないのも 使い方 次第。 

そうした 情報洪水の中で 自分の実力を 正確に把握しつつ 的確な情報を取捨選択していく 選別力を高めてていかなくてはいけない。 

そのさい くれぐれも 自己過信せず 謙虚に 自分の 実力を悟って、 危険性を けっして軽視することのないように 今後とも 注意していかなくてはいけない。 

インターネットの上で 山情報を発信したり 情報を受け取るとき 心がけなくてはいけないのは、とかく 人間は おだてられやすく うぬぼれやすく なんでも つい背伸びしたくなりやすく、すぐに なんでもできる、 可能と思いやすく、恐ろしいほど 自己過信に 陥りやすく、自己の足元を顧みないで おごり、つい有頂天になってしまう 傾向があるということ。 

だから、つねに 自省し 素直に自分の実力を見極める 謙虚さを くれぐれも忘れないように していきたいものだ。”

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