白山

”白山について語り出せはきりがない。それほど多くのものをこの山は私に与えている”

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登山者にとって『日本百名山』の著者、深田久弥は有名人だ。

百名山という言葉がこれほど人口に膾炙し、「百名山を制覇する」ことを目標にしている登山者が星の数ほどもいる。

恥ずかしながら、私は登山を始めるまで、深田久弥も『日本百名山』も知らなかった。山の本にはじめて接したのが学生の頃読んだ、今西錦司氏の『ヒマラヤへの道』であった。これを読んで、登山はきつく、厳しく、生命をかけた行動なのだという印象を強く持った。所詮われわれのような一般人が近寄ることのできない領域なのだと思っていた。

中年になり、大したきっかけもなく山に登るようになった。はじめて『日本百名山』の存在を知ったのが「ヤマレコ」に書いていたころだ。登山者の記録の中に『日本百名山』と深田久弥の名前が頻出していた。そこで興味本位ながらも『日本百名山』を読んでみることにしたのである。

深田久弥が任意で選んだ100の山が列挙され、それぞれが短いコラムとして成立している。文章としては面白い。もともと読売新聞で連載されたものらしい。一つ一つの山についての説明が簡潔で、100名山として選びうる理由が書いてあるのが特徴だ。

「白山」の項を読み始めて、深田久弥の故郷が白山のよく見える場所であり、ふるさとの山であることをはじめて知った。なるほど『日本百名山』の中では一番感情移入して書かれている文章だと思った。

私は白山には4回登山した。はじめて登ったのが学生のころ。岐阜県側の「平瀬道」を少し歩いた。このころはハイキングで、自動車でいろいろなところを見て回るだけだったので、頂上などには行かない。ただ樹林帯の中をふらふら歩くだけで満足していた。

最近になって頂上を目指す登山を開始した。白山はなだらかな山であり、登りやすかった。登山を開始して3座目ぐらいで白山の頂に立った。

この山は日本で一番西にある2500m以上の標高を持つ山である。火山の中では乗鞍岳に次いで高いのではないだろうか。平安時代からよく登山されていたようだ。

深田久弥も早い時期からこの山に登っていた。登山に開眼したのも、この山があったからであった。冠雪すると真っ白になり、どこからでも目立つ山であるという。

私の住んで居るところから見えるのは北アルプスなので、この感覚はわからない。冬になると北アルプスが白い屏風のように東側を遮っている。

白山は、ずいぶん海岸近くに行かないと見えない。

裏側の岐阜県から登ると、中間地点の大倉山付近になってはじめてその姿を現わす。私の住んで居る所からは遠くて、非常に奥深い場所にある山である。

今回、石川県側から登ってみると、この山が正面にそびえたち、そこをあたかも天空に登るような感覚で登山できることに気がついた。やはり白山に登るなら、石川県側から登った方が良いな、と思った。

深田久弥も石川県側の別当出合から登っていたのであろうか。岐阜県側の登山道はどこか野趣にあふれているが、石川県側は石畳すらひいてある。登山道のイメージではなく、遊歩道のイメージだ。毎年登山シーズンになるとたくさんの人々が訪れ、渋滞になることすらあるという。

どの登山道を選ぶかによって、これほど印象の変わる山もないかもしれない。

石川県側から登ると、とても「人臭い」山だと思った。『日本百名山』発祥の山だとするならば、白山ほど人とのつながりの深い一面を持った山もないのかもしれない。

 

 

 

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