金剛堂山 紅葉 中金剛まで 御嶽の噴煙

時間もいまひとつ十分でないので、金剛堂山へ行ってきた。
天気が良好で、富士山まで見えた。
(以前にログがあるので、今回は省略)
10:00過ぎてから登って、山頂が12:18、下山が15:00。
前金剛の山頂で、他の登山者の方(65歳。とても健脚の方でした)と30分ほどお話しました。
他に1人の登山者がありました。

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沢を徒渉し、尾根までの少し急な坂を登る。全体でここが一番急。あとは比較的なだらか。Exif_JPEG_PICTURE

片折峠から。紅葉も終盤。Exif_JPEG_PICTURE

このように、葉っぱが落ちてしまっていた。Exif_JPEG_PICTURE

紅葉、というより、枯れ葉。いちおう、ブナの紅葉なのだろう。Exif_JPEG_PICTURE

前金剛に到着。金剛堂山の記。こんなふうに書いてあった。
「この山は標高1637.9メートル。古来越飛騨道の主峰として国境に近く、砺波、婦負の群境、加賀、富山藩の領境で、かつ、山岳信仰の中心として、とくに五箇五谷 野積四谷鎮護の霊域であった。
開山は明らかでないが奈良時代文武の朝、大宝元(701)年を伝え、役小角の門葉、累代これを守り、その間つねに修験の場として各地から参籠、栄えたという。中世以降荒廃したが、なお木曽、斎藤、神保、佐々、前田など歴代武将の崇敬が厚かった。
御祭神はわが国創世の両足神を本地とし、金剛蔵王権現を斎き祀った。ひとつに婦中町鵜坂神社の奥本社ともいわれる。
幕末嘉永五(1852)年、富山十代藩主前田利保登拝。連なる白木峰で
「飛騨信濃 木曽の峰々 みな見えて 西は残さぬ 白木峰かな」
と詠み、かつて両国紛争の思いをこめた山並みである。」云々。
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先へ進むと中金剛の頂が美しい。中金剛の標高は1650m。金剛堂山の最高峰である。Exif_JPEG_PICTURE

横を見れば、穂高の峰々。手前は黒部五郎岳。Exif_JPEG_PICTURE

しんどかった、北ノ俣岳が見える!その奥に、黒岳(水晶岳)までが見える!Exif_JPEG_PICTURE

中金剛の標識は、小さい。ここでお弁当。Exif_JPEG_PICTURE

霊峰白山。まだ冠雪していないな。こんど登って来ようかな。Exif_JPEG_PICTURE

目を南に向ければ、先日おおくの犠牲者を出した御嶽が噴煙を上げていた。Exif_JPEG_PICTURE

北の日本海方面は、雲海になっていた。
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中金剛から、前金剛をみれば、すばらしい景色だった。Exif_JPEG_PICTURE

乗鞍と御嶽。広角で。Exif_JPEG_PICTURE

八ヶ岳のたもとには、富士山も見えていた。今日は本当に空気が澄んでいる。Exif_JPEG_PICTURE

さて下山。午後になってくると、日当りの方向が変わり、紅葉もよりはっきりする。Exif_JPEG_PICTURE

登山時には気がつかなかった、真っ赤な紅葉。Exif_JPEG_PICTURE

青空に映えて、とても美しいExif_JPEG_PICTURE

これもいいね。Exif_JPEG_PICTURE

無事下山できた。再び沢を渡り…
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滑りそうな鋼鉄の橋を渡って、栃谷登山口に帰ってきた。 総行動時間4時間。Exif_JPEG_PICTURE

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