祖谷物語ーおくのひとー

DSC_0158

映画はあんまり見なかったが、最近「山をモチーフにした映画」がたくさん出て来ているのをみて、調べてみると、良さそうな映画がある。

「祖谷(いや)物語ーおくのひとー」という映画。

http://iyamonogatari.jp

まったく新人の監督が、祖谷(四国の秘境、大歩危小歩危の向かいにある)をロケ地にし、山村の現実を美しく映画にした。

富山でも上映されていたらしいが、マイナー過ぎて知らなかった。

かなり評価が高く、木村大作や東洋文化の研究家で有名なアレックス・カー氏が讃辞を寄せている。

現在上映中なのは東京と高知だけ。しかし上映する映画館は大都市を中心にじわじわ広がっているようだ。

あらすじは

「女子高生が山から降りてきました。

ある夏の日、川を遡るようにボンネットバスに乗って東京から青年・工藤がやってくる。自然豊かなこの田舎村で、工藤は自給自足生活を始めようとしていた。ところが、一見平和な村では、地元の土建業者と自然保護団体との対立や、鹿や猪といった害獣から畑を守ろうとする人々と獣の戦いなど、様々な問題が起こっていた……。

そんな中、工藤は人里離れた山奥でひっそりと暮らすお爺と春菜に出会う。電気もガスもなく、物もほとんどない質素なこの家の生活は、時間が止まったかのようにゆっくりしている。お爺は毎朝、山の神様が祀ってある社まで山を登ってゆき、 お神酒を奉納する。春菜は一時間かけて山を下って学校に通い、放課後はお爺の畑仕事を手伝う。効率とは無縁の2人の生活は、工藤の心をゆっくりと浄化していく。

しかし、季節が巡るにつれ、おとぎ話のようなお爺と春菜の生活にも変化が起きる。進学に悩む春菜と体調が悪化していくお爺。ずっと続くと思っていたお爺との生活がズレ始めたことに不安を抱く春菜だが、お爺は春菜の心配を余所にいつものように山に出掛けていく。田舎での生活に期待を寄せていた工藤も、 厳しい自然との共存に限界を感じ、自分は所詮文明社会の下でしか生きられないということに絶望を隠せないでいた…。」

と書いてある。なかなか面白そう。

監督はなんと、あの池田高校の監督蔦文也氏の孫の蔦哲一郎氏。
この出自からして、地元を愛する気持ちはなみなみならぬものを感じさせる。

映像はデジタルではなく、昔ながらの35mmフィルムでの撮影。

ああ、そういえば「春を背負って」もデジタル撮影ではなかったっけ。

山村の素朴なくらしを、少しのアレンジを加えてストーリーを作り上げてある。

おじいさんと女子高校生が一緒に暮らす、という設定は夢物語だ。現実にはあり得ない。しかし昔はそういう光景が当たり前だった。

時代の波に飲み込まれる山村の暮らし。監督はその情景をうまく描いているらしい。

時代に翻弄されて、無くなってゆく素朴な山村の暮らし…

文明社会はたしかに便利で、楽で、危険も少ない。しかし「こころ」は疲労困憊し、いつしか病んでゆく。

ときたま「自然」を訪れても、そこに永久に住むわけではなく、ただの「レジャー」として訪れるだけだ。そしてゴミを捨て、森を踏み荒らし、貴重な植物を盗掘したりする。

それは本当の意味で、こころの癒しに繋がらない。

一方、山里に暮らし、自給自足の生活をして「そのほうが健康だ」と考える人々も居る。
山里にとけ込もうとする若者たち。

合理主義、論理、お金、数字、グローバリゼーション…

そういう世界に反旗を翻し、自分の生活は自分でしようという若者がいるのだと、この映画は、そういうことを伝えたいのかな、と想像している。

いつか全国の映画館で見られるようにならないかな?

今敏の「夢見る機械」とかも早く見たいのだが…

マイナーな作品の中にも「良質な映画」があるはずなのに、映画館は利益が上がらない作品は上映しない。

それこそまさに「利益至上主義」ではないか?

映画の世界くらい、そういう原理から離れていてもいいんじゃないか、と思っているが、なかなかそういうわけにもいかんだろう。

広告
カテゴリー: エッセイ パーマリンク

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中