聖地

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(写真は医王山の聖地中の聖地、三蛇ヶ滝)

医王山はわたしにとっては身近な山である。目の前に毎日見える。悲しい時も、嬉しい時も、医王山を拝んで来た。
山頂に至る事はそれほど難しいことではない。自動車道が付いているし、その斜面はスキー場になっている。

金沢から近く、多くの登山者がある。

この山は歴史が古く、中世には修験道の道場として栄えた。「三千坊」という地名が残る。
実際に三千もの寺院があったかどうかは定かでないが、かなりの数の寺院跡が発掘されている。

平成5年には「医王は語る」(医王山文化調査報告書)が地元福光町から出版された。
これは医王山に関する総合調査の結果である。

この本の中に、興味深い一節がある。

昭和の始め頃まで、この地にははるか昔の修験道の修行が伝わっていた、と言うのである。
いずれも、この山の「三蛇ヶ滝」という滝の周辺で修行をしていたと思われる。
この滝は、医王山の聖地だったのだ。

三蛇ヶ滝の河原に小屋掛けして住んでいた夫婦の行者の話、厳寒期に三蛇ヶ滝に水垢離に行く、と言って遭難した行者の話、霊光上人(霊は霊編に見、となっている)という行者が、念仏三昧の修行を行った、誡詔行者が十一面観音の修法をした、など(同資料p.246)、いずれもこの滝の周辺の洞窟などに籠り、行われた。

いずれも古い修行の方法を受け継ぐものであり、たしかについ最近まで、医王山の修験道が続いていた事が伺われるのである。

いずれも極端に過酷な自然環境に身を置き、自然と一体となり、その霊力を授かるという図式の中で行われている。
現代人は、真似しようと思っても出来ないと思われる過酷な行である。

その伝統がつい最近まで、身近な医王山に伝わっていたという事実。それに深い感動を覚えた。

医王山は一見すればなだらかに見える山であるが、一歩踏み入れれば非常に険しい崖が多い。
厳寒期ともなれば、そこに行くだけでも命がけである。

命をかけて、自然と一体になろうとした昔の行者たちは、何を得たのであろうか?

僕が山に行くのは、そういう人たちの気持ちを少しでも理解したいという思いもあるからである。

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