今だから語ろう

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(写真は西穂高岳。チャンピオンピークからの下り)

私はいろいろな仕事をしてきた。
ホームセンターの倉庫、自動車板金、交通整理、システムエンジニア、そしてコンピュータの先生と、多種多様に渡り歩いて来た。

今振り返って、一番長い間やったのがコンピュータの先生であった。

学校の先生、という業種はほんとうに難しい人たちが集う場所だとおもう。
「学校の先生」以外は出来ない、という人たちがおおい。
そしてそういう人がトップに居る業界だ。
もちろん、能力などは論外だ。長く居れば、管理職になって行く。
そして、そういう人たちの下で、「非正規」の講師たちが働く。
どこかの大学院で単位取得退学して、研究室で待つ者。
仕事にあぶれた者。
「世の中の掃き溜め」と言えば、そうだったのかもしれない。

そういう場所で生き残るにはとにかく「上に逆らわない」こと。
管理職に楯突く人間は居られない。

授業の途中で、全ての計画をひっくりかえされ、最初から授業の計画をやり直したこともある。それも、授業が始ってから、急に変更されるのだ。

今まで計画して来た事は、すべて無し。

事前に打診して、了解を得た事でもみごとにひっくり返される。

あるときは、授業用のコンピュータの準備を、授業をしながら整えたこともある。
サーバーにつなげる為の設定が出来ておらず、どうしようもなく授業もせずに沈黙していたこともある。

そういう状況の中でも、ひたすら前に進む事を考えて、なんとか10年ほどやってきた。

今でも、ハラワタが煮えくり返るほど悔しいこともある。
しかしそれは過ぎ去った事。

「思い通りにならない」ことを、耐え忍ぶ事が人生そのものではないか?

険しい尾根道を、なんとか落ちずに来られた、そのことだけに今は感謝の念でいっぱいである。

「苦しみ、危険、険しさ」の無い人生は、どこか味気ない。

困難を乗り越えたからこそ、この日常の平和のありがたさが、身にしみて分かるのである。

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